私は過去の私を救いたいだけ

「私は過去の私を救いたいだけ」

  
昔から、自分の行動規範として厳然としてあるひとつの言葉。

  

昔の自分が、天然パーマを「鳥の巣〜〜」とか超いじられてた時に、おはスタの山ちゃんが輝いていたことがどれだけ自分にとって救いだったか。

存在しているだけで、天然パーマは辱められる対象とか地獄じゃん?

大泉洋さんとか、小栗旬さんとか、岡田将生さんとか英雄だったもの。天然パーマだけど「鳥の巣」って言われない人たちは憧れだった。今思うと、たったそれだけの理由で人を憧れるなんて。

 

昔の自分が、面長であったことを「茄子〜」っていじっていた人たちもきっといい大人になっているんだろうね。普段は全然気にしないけど、時々思い出すことがある。きっと彼らは僕がどんなに傷ついたのか知らないけれど。
 
他の人がなんて言ったとしても、それは僕にとっていじめでしかなかったし。悲しすぎて悲しみを人に見せられなくて一人で泣いた日もあった。

 

だから僕は、誰かの目にふれる場所にいたいよ。過去の自分の憧れであるために。
もしかしたら昔の自分に似た境遇の人もいじめられなくて済んだかもしれないもんね。